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油屋日記

語源シリーズ第2弾「油断大敵」とは?

「油断」の語源には、文献によると2つの有力な説があるようです。

一つは、原始仏教の経典の中にあります。

その昔、インドのある乱暴な王様が、家臣に油を入れた鉢を持たせたまま人の多い通りを歩かせ、

「もし油を一滴でもこぼせば命を断ずる」と命令しました。家臣は周囲に目もくれず、

一生懸命に油鉢を堅持して持ち歩き、無事命令を全うしたそうです。

これは、一瞬の気の緩みから「油」で命を「断つ」場合もあるとの教えに由来する説ですね。

もう一つは、「万葉集」に使われている「ゆたにゆたに(悠々と漂い動くさま)」を由来とする説、

つまり、ゆっくりする意味の古語「ゆたに」が音変化して「ゆだん」になったという説です。

今でも四国の土佐地方の方言に、お客さまに向かって「ごゆだんなさりませ!」という言葉が

あるそうです。事情を知らないお客さまは「何に対して油断してはいけないのか?」と

戸惑ったことでしょうね(笑)。

 

ここで、「油断大敵」の「油断」はこの2説のいずれかとしても、それではその後の「大敵」という

言葉が何故組み合わされているのだろう、という疑問にかられませんか?

「油断大敵」とは、少しでも注意を怠れば大きな失敗を招くこともあるので、油断が何よりも恐れるべき敵だということからできた言葉だと思いますが、油屋50年の私なりに思いを巡らせて解釈させて頂くとすると、前回(第2回)の油屋日記でもお話ししたように、油はその昔、部屋の明かりとして使用する「行燈」や「灯篭」に火を点す燃料としてとても大切に扱われていました。

「油」=「火」=「明かり」だったのです。

「油」を「火」に置き換えてみると、戦国時代、「油」を「断つ」と、敵が攻めて来ても

暗くて何にも見えない、この状態って、もしかすると、攻めてきた敵よりももっと危険な「敵」

だと思いませんか??

 

古い山寺の石段の両端には小さな穴があります(今はほとんど電気の灯篭が建っています)。

昔の人は、有事の時にはそこに「油」を入れて明るくしていたのだと思います。

今度古いお寺に行かれる機会がありましたら、石段に注目してみてください。

昔の栄華が思い起こされるかも知れません。

油断大敵画像1

さて、次回は少し脱線して、私もとても楽しみにしている素敵なイベントについてご紹介したいと

思います。

それでは今回はこの辺りで失礼致します。

ジャズ上野♪